日本の刑務所から届いた書簡_1380

サンフラン SF滞在

法律ノート 第1380回 弁護士 鈴木淳司
Aug 19, 2023

今まで弁護士をしていて、一番衝撃を受けた出来事が今週ありました。

実際にこれからどうしていくか考えている段階で、具体的な現状を法律ノートには書けませんが、今回、皆さんからの質問にお答えするのをさらに一度休ませていただき、差し障りのない範囲で書かせてください。

日本の刑務所から届いた書簡_1380

詳細は伏せてありますが、今回の法律ノートをお読みになって、事件にお心あたりがある方がいらっしゃったら、どうかいつでも私にご連絡をいただければと思います。
もし関係者の方が読まれていたら、と淡い思いを持ちつつ書いております。

 今週、一通の日本語で書かれて書簡が、私の所属する事務所のサンノゼ(シリコンバレー)支社に届きました。
スキャンして転送をかけてもらい、手書き日本語で書かれた書簡を読みました。

日本の刑務所からの書簡でした。

長い間(20年以上)米国と日本で収監されており、あと数年で出所する。
そして、いくばくかのお金を持っていて、よく理由はわからないのですが、シリコンバレー、ベイエリアにいる弁護士と話がしたいということでした。
どういう経緯で、そしてどのような目的で、私の事務所に手紙を送ってきたのかはわかりませんが、とにかく私の手元に届き、その書簡を読んだわけです。

 最初、その手紙を読んだとき「はじめまして」と書かれていたので、新規の相談だ、と思い読んでいたのですが、なにか引っかかるものがありました。
そして、もう一度その手紙に書かれていた事実関係などを読むと、私が自ら担当した90年代の事件の思い出が蘇ってきました。
この刑務所から手紙を書かれた方は忘れているのか、私にとってはまったく「はじめて」ではなかったのです。

 その日、通常の業務時間が終わりに近づき、仕事も一段落したので、最近電子化した、古いファイルを検索していました。
やはりありました。
90年代後半に私が受任した事件に、この「新規」相談者の名前がみつかりました。

90年代。
まだ、弁護士になって片手の指で数えられる程度の経験しかなかった私は、とにかく訴訟をたくさんやっていました。

複数の幼児に性的虐待をした男がいました。
その男に対して、被害者とその親を代理して、民事事件で損害賠償をすることを受任しました。
依頼者である被害者は幼児、親もお金が払えないので、私はとにかく正義心から成功報酬(受任時に1ドルももらわず、勝って損害を回復したらそこからパーセンテージをもらう)で受けていたようです。

私も20代で若かったのでしょう。
訴訟をして習うことも勉強、コストまで持ち出してその訴訟をやったようです。
手元にあるファイルを今になってみると、3年間訴訟を継続し、最後には7桁ドル単位の判決を得た記録が残っていました。
ただ、加害者に資力がなければ、強制執行ができません。

今回、直筆で手紙を送ってこられたのは、この訴訟で負けた被告である男性でした。

当時の幼児への性的虐待で現在も服役しているのです。
そして、私の所属する事務所が、被害者を代理していたことを知らないのか、忘れているのか、とにかく書面で連絡をしてきたのです。
この一連の事実を思い出した私は衝撃を受けました。
20数年も経て、まさか私にこの連絡が回ってくるとは。

 カリフォルニア州の判決は、賞味期限が10年で、新たに10年間の賞味期限を延ばしたければ、裁判所にその申請をしなければなりません。
この事件では、加害者が資力もなく、すでに刑事事件で服役をしている状況でしたし、被害者家族も忘れたいという気持ちもあったと思いますので、更新はされていません。

そして、日本の刑務所に現在服役しているといっても、日本法では除斥期間というのがあり、民事上の請求は20年以上経つと、いわゆる「古すぎる話」ということになり、蒸し返せません。
今回書簡を書いた受刑者に対して、お金を持っているのだからそれをよこせ、ということは法律的になかなか難しいことになります。

さらに、被害者家族、つまり私の元クライアントの方たちの現状を検索すると、被害に遭った幼児は大人になり、結婚もされているようでした。
連絡がつくといえばつきますが、今、どうしたら良いのか、このような書簡が来たことを連絡するべきなのか迷います。
また、連絡をしても、実質的に損害を回復できるチャンスは少ないかもしれません。

 この手紙を日本の刑務所から送ってきた男性は、どういう思いで、私の事務所に書簡を送ってきたのでしょうか。

さて、これからどうするのか、実に25年弱経ってから、このような難しい問題を突きつけられました。
偶然とはいえ、弁護士をやっていてこのような衝撃を受けたのは初めてです。
こういう状況に出会うのも、訴訟に長く関わってきた運命なのでしょうか。

まだ、私自身、納得できる解決策というのは何なのか導きだせていません。
なんというか、どこまでも新しく習うことが出てくるというか、果てしないですね。
弁護士というのはこういう仕事なのだな、とつくづく思い知らされました。

 私の仕事を一緒にずっとしてきたパートナーに、今回のことを相談したら、当然ですが、現在、良い解決策はわからない、と言われたものの、「若いときから、まず金ではなく、正義心で突っ走ってきたあなたらしく、そういう弁護士は当時でも今でも数少ないわ」となぜか褒めてもらえて、悪い気はしなかったですが、それでは解決策になっていません。
しばらく、私はこの事件の状況をどう解決するのか、考えなければいけない羽目に陥っています。

 私が一番好きな将棋棋士に、升田幸三名人という方がいます。
すでに他界されています。

戦争に行き、体を悪くされたことで苦労をされましたが、一方で、型破りで、新しい考え方が大好きな方でしたが、一手一手指す手が天才と謳われた方です。
彼の名前がついた賞も未だに将棋界では健在です。

今回、刑務所から来た書簡を何度も読みながら、なぜか升田名人が残した言葉を思い出していました。

「一人前になるには50年はかかるのだ。功を焦るな。悲観するな。もっと根を深く張るのだ。根を深く張れ。」

私はベイエリアで弁護士をやって30年にもなりません。
このような20数年前のことから衝撃を受けているようでは、まだ一人前になる途中なのでしょうか。

 そして、升田名人が、史上初の三冠を奪取したときに言います。

「たどり来て、未だ山麓。」

まだまだ弁護士人生において信じられないことが起きるのでしょうね。
升田名人にとっての山頂ってどこにあるのか、お考えをお聞かせ願いたいところです。

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作成者: jinkencom

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