法律ノート 第1361回 弁護士 鈴木淳司
Apr 9, 2023
先週、前代未聞の前大統領起訴がニュースになりました。
今回、皆さんの質問にお答えするのを一回お休みさせていただき、法的な観点から前大統領の起訴について一考させてください。
政治的なことなどは考えませんが、法廷弁護士の観点から考えてみたいと思います。
米国前大統領の刑事起訴について_1361
訴訟だらけの前大統領
まず、今回の刑事起訴は、現状において、いくつも訴訟になると言われている前大統領の法律問題のなかでは、どちらかというと内容がマイナーだと思います。
他にジョージア州の選挙妨害など民主主義に直接影響する問題があるからです。
今回は選挙法違反
今回の起訴は、自己の選挙で不利益にならないよう、過去の問題を隠蔽する目的で、不正な名目で支払いを行った、というものです。
そして、今回の事件を支える法律はウォーターゲート事件の後にできた、選挙の過程を公正にする一連の法律のひとつの流れを汲んでいます。
結局、選挙法違反と考えて良いと思います。
州検事局なら少人数で起訴できる
今回の起訴は、州の裁判所で行われていて、連邦裁判所ではありません。
手続は州の法律に基づくことになります。
連邦検事局についてはワシントンDCに本部を置く司法省がアメリカ全体の事件を監視しています。
政治的な影響もあるので、今回の起訴が連邦検事局では、なかなか通るかは難しいと思っています。
州の検事局内では少ない人数で起訴を決められるでしょうから、今回の起訴に繋げられたと思います。
その起訴を決める部分に政治的な問題があるという人もいますが、今回言及しません。
起訴の注目ポイント
私が、今回の起訴で注目しているのは、34の罪での起訴であること、そして、大陪審による起訴であることです。
州の刑事事件では一般論ですが、重罪(Felony)の起訴は、検察が起訴状で起訴する方法と大陪審による方法を選択的に利用できます。
重罪と言っても、単に重い罪ではなく、法定刑が1年以上と定められている刑のことを言います。
軽罪(Misdemeanor)というのは、最高の法定刑が1年までの罪をいいます。
今回の起訴も単に法定刑が1年以上の罪で起訴されたというだけであって、重大な罪という意味ではありません。
起訴状か?大陪審か?
今回の起訴ですが、起訴状によらずに、わざわざ手間をかけて大陪審を使ったということに検察の意図があります。
検察の内部で話し合い、州では通常起訴を決める検事がいます。
その検事が起訴を決めれば、起訴状を書き裁判所に提出すると刑事事件となります。
この起訴状による方が、検察にとっては手間が内部で留められるわけですし、簡便なのです。
大陪審とは
しかし、今回は大陪審を利用しました。
大陪審というのは、一般の人が20名程度集められ、検事から事情を場合によっては何日も聞きます。
一方的に検察側から話を聞いて起訴を決めるので、ある意味起訴されてしまうのは、お約束とアメリカでは言われています。
一般の人から構成される大陪審を集め、事件を説明して起訴を決めるわけですから、手間も時間もかかります。
実際のところ連邦の刑事裁判では、大陪審による起訴が一般的ですが、州では起訴状によることが多いです。
私も、自ら手掛ける事件をみると、州の刑事事件はほぼ、起訴状によるものがほとんどです。
なぜ、検事局がわざわざ今回大陪審を使ったのかというと理由があります。
一応、一方的とはいえ、検事だけではなく、一般の人たちの判断を経ているわけですから大陪審による起訴は、客観的なフィルターを通っているわけです。
裁判所としても、大陪審による起訴の方が、フィルターを通していますから、簡単には起訴を問題にはしない傾向にあります。
NY州で大陪審なら9割有罪
ニューヨーク州では、大陪審による起訴の場合、統計をみると無罪は1%、公訴棄却やダイバージョン(有罪を認めるかわりに代替の労務や定められた義務を履行する)になる確率は9%となっています。
そうすると、大陪審を利用して起訴された場合には9割有罪になるわけです。
このようなバックグラウンドがあるので、今回ニューヨーク州の検事は、起訴状で起訴せずにわざわざ、大陪審を経て、有罪を確実に取っていこうと思っているのです。
刑事法廷を知っている弁護士であれば、大陪審を使っている意味をかなり深刻に受け止めるのです。
34件もの罪と司法取引
次に、今回の前大統領の起訴で、検事が34の罪で起訴をしている意味ですが、これは確実に検察としては司法取引を狙っての起訴です。
メディアや刑事法廷を知らない弁護士が適当に合算すると100年以上の罪になると煽っていますが、理論上はそうなりますが、そうはならないのが実務です。
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」と言いますが、アメリカの検察のやり方は、できるだけ起訴できる罪を増やします。
それでプレッシャーをかけるわけです。
たとえば、単純な飲酒運転のような罪でも、2つか、3つ罪を定めて起訴してくるのが一般的です。
そして、司法取引をするときに、1つだけ罪を認めて他の罪を落とすということをするのが一般的です。
大きな事件でも何十もの罪で起訴を進めますが、結局1つの罪で有罪を認める司法取引をするのが刑事訴訟実務では一般的に行われています。
想定される今後の展開
今回の前大統領の起訴についても、34の罪ということですから、まずは弁護人としては、1つの罪に絞って司法取引をするのが一般的なやり方になると思います。
重罪を軽罪に落として有罪を認める、といったやり方も実務ではあり得ます。
かりに裁判になって、今度は小陪審(12人の陪審)が有罪と認めることになると、ニューヨーク州の刑法についてはコメントできませんが、それなりに長期の有期刑になるでしょう。
たぶん、一つの事件の心象に有罪を陪審が持った場合には数珠つなぎに34の有罪になろうかと思います。
クライアントの性格にもよると思いますが、前大統領は司法取引をどれだけ弁護人が勧めても受けないと思います。
そうすると、陪審裁判になりそうです。
弁護人がどのような方針で対応するのかわかりませんが、通常の事件であれば、現在司法取引について話をしているところでしょうか。
どのような手続きになるのかは今後を見ていかなければなりませんが、プロとしては司法取引を蹴り、陪審裁判をすることを想像してしまいます。
私が弁護人ではないので裁判の証拠が見れないのでもどかしいですが、今後の行方を見ていきたいと思います。
前回積み残したトピックを次回考えていきたいと思います。
マスターズも雨で大変そうですが、春は来ています。
花粉に注意しながらまた一週間がんばっていきましょうね。
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