Zoom陪審裁判を終えて、そして2022年の締め括り_1346

サンフラン SF滞在

法律ノート 第1346回 弁護士 鈴木淳司
Dec 25, 2022

皆さん、今年も法律ノートを読んでいただきありがとうございました。
パンデミックに人類は打ち勝ちつつありますが、まだ不安な部分も多い2022年でした。
もう一年が終わってしまうのですね。
時が経つのは早いものです。
週一回書いている法律ノートも1346回。
単純に52週で割っても、もう25年間以上書いていることになります。
皆さんに読んでいただき、質問もいただけるので、ここまで続けられてきています。
本当に感謝の気持ちで一杯です。

もう弁護士になって30年近くになってしまいますが、まだまだ習うことはたくさんあるな、と思っています。
まだ、続けられるだけ法律ノートも続けていきたいと思っています。
法律ノートを書き始めたときは、まだ原稿用紙にペンで書いていましたっけ。
わら半紙のような紙を北米毎日新聞から渡されて、200字詰めで8枚でした。
今でも、一回の法律ノートは1600字程度の習慣ができてしまっているようです。
昔は、字数が超過すると平本編集長をはじめとする編集の人たちに、よく怒られたものでした。懐かしいです。
法律ノートの配信がネット配信のみになり、ずいぶん無機質になったな、と当時は思いましたが、今ではもう慣れてしまったように思います。
そして、コロナ禍もあり、今ではネットでビデオ会議するのが当たり前の世の中になりました。法律ノートももっとメディアを利用して、世に出せとか言ってくださる人もいますが、このような形で書き続けているのが私には心地がよく、なかなか変えられないものですね。
読んでくださる方々に読んでいただければ良いと私は思っています。
また、来年も同じようなスタイルで同じように続けていくことになるのだと思いますが、どうか、また来年も法律ノートを懲りずにご愛顧いただけると幸いです。

Zoom陪審裁判を終えて、そして2022年の締め括り【長文注意】_1346

さて、前二回、ビデオで陪審裁判をやっていて、そのときの反対尋問のことをみなさんにご紹介しました。
法曹の方々でも興味深いと思います。

アメリカの裁判システムの根幹は陪審裁判にあり、市民に広く行き渡っています。
ただでさえ陪審裁判というのは、なかなか聞いたことはあっても実際に体験できるものではありません。
実際に私もビデオで陪審裁判をするとは思ってもいませんでした。初めての体験でした。
不当解雇の訴訟でしたが、日本でもカリフォルニアでも、雇用者側が最初に土俵に乗るときから不利な形態の訴訟なので、どうなることかと思いましたが、最終的には雇用者側を代理して全面勝訴に導けました。
陪審の評決を生の法廷ではなく、自分がいつも座っているオフィスの席でビデオ会議システムを通して聞くというのもはじめてでした。
勝訴の評決後、すぐに昼間から事務所でシャンパンをあけて祝ったのも思い出になりそうです。
気を利かせてくれた事務所の職員の人がシャンパンを買っておいてくれたのです。
なんとも不思議が気分です。
通常は圧倒的に不利な雇用者側を持って、和解をせずに最後まで走りきったのもなかなか綱渡りでした。
難しい事件の内容についても思い出深いものになりましたが、加えて、ビデオで陪審裁判をするというのは不安がありつつも、最後はなんだか「悪くないな」という思いにもなっています。
主任でやっていた私も色々大変だったのですが、私のサポートをして、訴訟を遂行してくれた若手の法曹達にとっては、それは大変で色々新しい体験にもなったのではないかと思っています。
そこで、年末でもありますし、いつもの1600字程度縛りを無視して、陪審裁判を私と一緒に駆け抜けてくれた若手三人と対談形式をつかって、ビデオで行った陪審裁判について話してもらおうと思います。
ぜひ、法曹の方々にも読んでフィードバックをいただけたらと思います。
今回の陪審裁判に関わった若手三人は日本で司法試験に合格していてすでに日本で裁判の経験があります。
一人は裁判官として、裁判員制度にも接しています。
アメリカの陪審裁判を実体験した3人はどのように感じているのでしょうか。
ぜひ、対談形式で法律ノートに出たいということなので、張り切ってもらいましょう。

鈴木:
週末返上で数ヶ月やってきた陪審裁判も年末に終止符が打てました。
三人ともよくがんばってくれたと思います。
大変だったけども、若い法曹にとっては刺激や新しく習うこともたくさんあったと思います。
特に日本の実務と比べる観点から、陪審裁判、そしてビデオで行うことについて感想を教えてほしいと思います。
三人とも、アメリカの陪審裁判に参加するのは初めてでしょうが、陪審裁判を体験して、総括的になにか感じることはありましたか。

戸木:
大変お疲れ様でした!
平日・休日問わず朝から晩まで気を抜けない日々から解放され、非常に安堵しています。
日本では弁護士登録をしてから10年が経過しましたが、ここまで長い期間、1つの訴訟案件に掛かりっきりになる経験は無かったので、「アメリカでの裁判の大変さ」を知れた良い経験になりました。
日本と比べたときに最も印象的だったのは、当事者や代理人の役割の大きさ・重要性ですね。
日本では、当事者や代理人が下手をしても、裁判所がうまくバランスを取ってくれるので、それだけで勝敗が左右されるようなことはほとんどありません。
今回のトライアルでは、代理人が手続を怠るだけで結果を左右されかねないほど重要な事項が決まる局面がいくつもありました。

鈴木:
戸木くんは、日本だけでなくニューヨークの資格を持ち、やっとカリフォルニアでも登録したというところなのにいきなりすごいパンチであったと思います。
ただ、はやいうちからこのような機会で訴訟実務を学んでおくことはこれからカリフォルニアでやっていくうえではとても大事なことだと思います。
そういう意味では単に紙を扱う「国際弁護士」と名乗る連中が多い中、かけがえのない経験になったのではないでしょうか。

水谷:
今回は貴重な経験をさせて下さりどうもありがとうございました。
期間中は、文字通り四六時中新たな問題に直面してはチームで議論をして解決するというのを繰り返し、非常に充実した時間でした。
日本で裁判員裁判を行うときも一つの訴訟案件にかかりっきりになっているのでこの点では変わりはないものの、戸木さんと同じく「当事者主義」ということをとても強く感じました。
日本の裁判員裁判では、公判前整理手続において予め証拠採用決定をすることが原則で、書証調べも証人尋問も、5分・10分単位で細かくスケジュールが決まっていることが大半です(証人尋問はさすがに時間が前後することは間々あるものの、スケジュールとしては事前に決めています。)。
これに対して本件の陪審裁判では、予め双方当事者が証拠リストや証人リストは提出し、トライアル前に「最大でこれを調べる」という証拠は双方が分かっているものの、その中で最終的には証拠調べを行わない証拠が多くあるし、証人についても事前に予定時間が共有されていません。
訴訟の流れを見て証人尋問の時間が伸縮しますし、裁判所もスケジューリングについて厳しいことを言わずに訴訟当事者に多くを任せているように感じました。
また、普段は証拠を見て判断する立場にいるのですが、初めて判断者に証拠を示して判断してもらう立場に立ち、しかも陪審員にプレゼンテーションする経験は得難いものでした。
アメリカで陪審員を務める一般の方々がどんな方なのかもつかみ切れていない中で、しっかりこちらの立証が伝わっているのか、どのように考えてくれているのだろうか、など不安な気持ちを抱えながら、依頼者の方と協働して訴訟を進めていく代理人の立場に立つことができたのは良い経験でした。

鈴木:
水谷くんは、いわゆる日本で司法試験に合格してすぐに裁判官になっているわけだから、アメリカに留学しているときに、裁判所だけではなくこのような当事者、代理人の目線から事件を見るということも、今後裁判官としてやっていくとしても必ず糧になるのではないでしょうか。
いくつも日本で裁判員裁判にかかわってきたわけなので、今後、今回の経験を踏み台にして、どんどん日本の制度の中でも、コツコツ陪審裁判の経験から取り入れられることは取り入れたら良いと思います。
しかし、水谷くんは、トライアルのトランスクリプト(速記録)などをまとめる力は凄いですね。
やはり裁判官というのは、また弁護士とは違った優れた能力があるのだな、ということを感じました。

荒内:
寝ても覚めても、ひとつの案件について頭をひねり手を動かすという、忘れがたい経験ができたと思います。
本当に大変でしたが、評決に至った今は祭りのあとのような気分で、刺激的な毎日を終え寂しさすら感じます。
お二人の仰るとおり当事者の関与度合いが日本の制度に比べ非常に大きいことが印象的でした。
争点の整理、要件事実の設定、証拠排除、陪審員選任等、当事者の関与の方向性も多岐に渡り、トライアル弁護士たるには多方面の能力が要求されることを痛感しました。
陪審員との人間関係構築力、ハードスケジュールを生き抜く体力、その場での議論に対応する臨機応変さ等も然りですね。
また、私は日本での裁判員裁判の経験がないので、国民が事実認定に関与するという陪審員裁判を肌で感じられた点も大変印象深かったです。

鈴木:
荒内さんは、もう事務所に住んでいるような勢いで尋問準備の証拠整理をしていましたから、大変でしたね。
日本に加えてニューヨークの資格も最近取得されましたが、実際にトライアルに参加すると、ニューヨークで司法試験に受かるだけではまったく次元の異なる作業が多かったと思います。
それでも、尋問をするうえで私が基礎としている方法論をコツコツ習い、やってくれたおかげで尋問もかなりスムーズに行えました。
また、裁判上顕出される証拠の管理は膨大なもので大変だったと思います。
短い期間にかなり濃いアメリカの実務を経験することができたのではないでしょうか。

三人のお話を聞くと、日本の裁判システムにおいてはやはり裁判所が取り仕切る感覚が実務家には強いというとでしょうかね。
アメリカでは当事者主義が徹底しているので、主張でも法律論でもやはり当事者同士で闘わせるという側面が強いのでしょうかね。
私自身はこの当事者主義がスポーツに似ていると思っています。
裁判官は野球などの審判と同じで(黒目の服を着ている)、口はあまり出さないが判断するときにはするというどちらかというパッシブな役目を負っていると思います。
一方で、やはり当事者の代理人である弁護士がかなり重要な役割を負っていると思っています。
アメリカの裁判のダイナミックさはやはり弁護士の役割が大きい部分があるのではないかと思っています。
いろいろな立場はあるとは思いますが、三人が見て、陪審裁判における裁判官・弁護士の役割というのは日本の裁判官・弁護士の役割とかなり違っていると感じますか?

水谷:
日本における市民参加の裁判は刑事裁判の裁判員裁判のみであるのに対し、本件は民事裁判での陪審裁判なので、いずれの手続とどのように比較するのか、また、日米共に裁判官の訴訟観は裁判官によって大きく異なるように思えたので、難しい質問ですね…。
その前提で日本の刑事裁判における裁判員裁判と比較すると、
⑴当事者・弁護士が証拠調べのあり方を作り上げていかなければならないこと
⑵裁判官が事実認定者ではないことが大きく異なると思いました。

⑴につき、今回の陪審裁判では、Motion in limine(証拠排除の申立て)を除いて裁判所が証拠調べに意見を述べたことはなかったわけですが、日本の裁判員裁判では、公判前整理手続において、証拠の内容そのものに詳細に触れて心証をとることはないものの、証人尋問の順番や、書証調べのやり方(例えばメールやLINEの証拠を法廷に顕出する方法等。私の経験上、メールやLINEの証拠について、そのまま法廷に出すと非常に分かりにくいので、当事者間の調整の上で統合証拠にしていただくことが多いです。)について双方当事者と相談しながら、「もっとこうしたら裁判員に分かりやすいのではないか」という意見を言うこともあり、双方当事者はそれを踏まえて時には互いに調整しながら立証計画を立てていくわけです。
そういう意味で、日本の裁判員裁判における裁判官は、公判前整理手続において当事者と協働して裁判員に分かりやすい審理を共に作っていく役割を果たしていると言うことができます。
他方、本件の陪審裁判の公判準備では、おそらく裁判官は当事者がどのような立証をしていくのか全く分からなかったと思います。
なので、本件陪審裁判において、「陪審員に分かりやすく伝わるような審理を行う」という点については裁判官の役割から外れており、完全に当事者・弁護人に任されているのかなと感じました(今回裁判官が唯一その役割を担ったのは、ある証人が、陪審員からの補充尋問に対して趣旨不明の証言をした際に介入し、当該陪審員の質問を敷衍するような質問をして、証言の趣旨をはっきりさせた場面くらいだと思います。)。

次に、⑵については文字通りですが、この点が裁判官の補充尋問の在り方に反映されていると感じました。
日本の裁判員裁判では、裁判官にもよりますが、裁判官から積極的な補充尋問がされることも多々あります。
他方、本件陪審裁判で裁判官が補充尋問を行ったのは、前記記載の介入をした場面のみで、裁判官は本当にレフェリーに徹しているなと思いました。

戸木:
代理人の役割について、なかなか表現しにくいところですが、スポーツで例えると、極端ですが、アメリカがプロ野球なのに対し、日本は体育の授業、と言っても良いくらい違っているように感じました。
日本は、裁判所(=教諭)が全てをコントロールして訴訟(=授業)を進めてくれるので、当事者・代理人(=生徒)は、決められた規則の下で、主張・立証をするのみです。
書類の書き方も提出期限も、分からないことがあれば、裁判官・書記官(=教諭)が手取り足取り教えてくれます。
証拠も、出してさえしておけば裁判所が綺麗に管理してくれています。
今回のトライアルでは、全く違いました。
書類の書き方を裁判所に聞いても一切教えてくれませんし、形式や期限に不備があれば、当事者責任で終わるだけです。
証拠の管理も当事者に任されており、実際、相手方代理人が確認を怠ったせいで、トライアル中に採用されていない証拠が陪審員の下に配られてしまうという事態も発生しました。
プロ野球にも審判はいますが、審判が正確・公平な判断を怠ると、選手は黙っていません。
選手も試合の秩序やルールメイキングの一翼を担うことが期待されています。
日本の弁護士にはここまでの役割は期待されていないように感じ、少し残念な気持ちにはなりました。

荒内:
尋問に至るまでの手続進行が日本(民事裁判)とアメリカで異なるため、尋問時点での弁護士の役割は全く異なると感じました。
日本の民事裁判では、複数回の裁判期日の中で双方当事者が主張書面と証拠を提出してゆき主張立証が尽くされてから尋問に移ります。
証言予定者の陳述書も提出されることが通常ですし、争点を整理するよう裁判所による交通整理が行われることもあり、弁護士としては定められた手続に従って訴訟活動をしていれば、尋問実施段階では自ずと争点が整理されてゆき、行いうる活動も範囲も狭まっています。
一方、アメリカの陪審裁判では、トライアルの中で争点が明らかになっていき、書証の取調べもその時に一括して行われます。
また、depositionというディスカバリー段階での証言録取は存在しますが、相手方が質問したものなので、depositionでは証人尋問で何が出てくるかは予測できません。
さらに、判断者である陪審員については、誰を選ぶのか、どうアプローチするのかも同時に考える必要があります。
このような不確定要素が詰まったパンドラの箱を開けて、一気にトライアルの中で臨機応変に対応していくことが求められるので、役割も相当に異なると思いました。
変な喩えになりますが、日本の制度は時間をかけて相互に積み木を組んで、尋問時点でその積み木に整合的なようにペイントをする。
アメリカは、未知の食材や調理器具がいきなり渡され、時間内にベストな料理を作る(かつ陪審員の好みも予想しておいしいと言わせる)というイメージですね。
裁判官の役割については、市民参加のない日本の民事裁判と比較をするのはそもそも制度が異なるので難しいですが、トライアルでは、実体法・手続法双方に関する議論も、弁護士間の合意や弁護士の申立てるmotionの内容によって枠組みが確定される場面が多く、裁判官が音頭を取って当事者を導くという側面は限定的だったと思います。

鈴木:
裁判という制度について、違った立場から、また別の角度で他の国の制度の中枢を見ると、刺激があるということがよくわかりました。
まだ数日前に評決が出たばかりですから、まだ私自身も反芻を完了させているわけではなく、色々思いを馳せることもあるのですが、せっかくのビデオ裁判だったので、具体的に今回の事件を考えていきましょう。

今回は民事事件でした。
我々は被告とされた企業側でした。
原告の弁護士は老練で経験豊富な人で、あらゆる手をつかって揺さぶりをかけてきました。
実際の統計はわかりませんが、たぶん99%の労働事件は和解に達すると思います。
最後まで争ってきた原告代理人も大手企業や大学などを訴えてきた人ですから、まったく手は抜けないと感じました。
皆さんが争っていて、どういうところが相手方の弁護士が「すごいな」と思いましたか。

水谷:
私が「すごいな」と感じたのは、相手方弁護士の「やり切る」力です。
私の見立てでは、本件訴訟で相手方が勝つためにはとにかく場をひっかきまわして多くの争点を陪審員に提示して混乱させることが必須だったと思います。
また、そのようにひっかきまわすことで勝訴の可能性を高めて良い和解案を引き出すことも狙いだったと思います。
そのような中で、相手方弁護士は裁判官から白い目で見られようが我々からどんな反撃を受けようが、時にはこちら側のやり方を真似たりもしながら、あらゆる手を使って目的を達成しようとしてきました。
その引き出しの多さと臨機応変さには感服しました。

戸木:
全く同感です。
スタミナに加え、結果を得るためなら周りの目は気にしない姿勢に感服しました。
全然通らないような主張や、おそらく他の案件からコピペしてきただけの筋違いの主張をしておいて、何食わぬ顔で期日に臨み、それっぽいことを発言してかき乱し続ける。
なかなか並大抵の弁護士にできる業ではないと思います。

荒内:
揺さぶりのかけ方が、想定外でした。
単に反論書面を出すといった手続内で行われるのではなく、手を変え品を変え、無理筋な議論もなんとか法律論の服を纏わせてきた点に驚きました。
たとえばトライアル中に訴訟当事者の追加が求められたりといった予想だにしない方法などです。
さらにこれが、本筋のトライアルの準備真っ只中に行われるので、揺さぶりに対応する側も迅速に処理する必要があり、かなりハードでした。
先ほどの料理の喩えですが、料理対決中に相手が投げてくる調理器具を避けながら料理に集中する感じですね。
鈴木さんから、アメリカのトライアルはダイナミックだと聞いていましたが、こんな方向でもダイナミックなのかと驚かされました。
また、原告側のプレゼンテーションと証拠調べは、(労働訴訟の原告側という立場もあるでしょうが)情に訴えかける内容を多く含み、他方で事実関係は整理せずゲリラ的に行うものでした。
このような手法は、法曹から見ると不合理な内容であっても陪審員の目にどう映っているのかが分からず、評決までは少し不安もありましたね。

鈴木:
相手方弁護士に対する防御も大変でしたが、今回の裁判で印象に残っているのが裁判官の訴訟指揮でした。
70代の温厚な裁判官の方で彼の父親はカリフォルニア州最高裁の判事をされていました。
当初は煮え切らない人だな、と思っていましたが陪審裁判に突入して彼を知っていくと弁護士や陪審員と同じ目線に立ちつつ、とても懐が深い人だと私は感じました。
陪審員の人たちも評決のあと、裁判官を称えるコメントをしていたと思います。
皆さんはどう感じましたか。

戸木:
事件の全体像を俯瞰した訴訟指揮をされていたと思います。
最初にも触れたように「当事者主義」の色が強い手続のため、裁判官は審判として笛を吹くのみです。
ただその笛が試合の流れを左右することがある。
今回の裁判官は、ファールがあってもあまり笛を吹かずに好き勝手やらせているかと思いきや、重大局面ではきちんと笛を吹いて指揮をされていました。
私は当事者として関与しているので、その土俵裁きに一喜一憂しているだけでしたが、後から振り返ってみれば、行き着くべき結果を見透かしていたのではないかと感じます。

水谷:
訴訟指揮は事実認定と全く切り離されるわけではなく、証拠関係や暫定的心証を踏まえて行われていると日本の裁判でも感じていますが、今回の裁判官の訴訟指揮からもそのような感じを受け、しかもその訴訟指揮が非常に巧みだなと思いました。
裁判官として学ぶところが多かったです。
あとは、裁判官のお人柄ですかね。
陪審員がその場にいるときも、厳粛な法廷の空気は守りつつ、適切に場を和ませるような一言を入れていたり、サイドバーにいるときはもう少しフランクになってみたりと、コミュニケーション能力がとても高いなと思いました。
Zoomで会議をするときに、皆が黙ってしまうような場面って誰しも経験あると思うんですけど、本件の裁判官はその点もケアして良い雰囲気を作っていましたよね(もっとも、これに関してはむしろ鈴木さんがかなり場を回していたように思いましたが…笑。裁判官も困ったら鈴木さんに話を振っていたので助かったと感じていると思います笑)。

荒内:
後にお話が出るかと思いますが、尋問前に行うMotion in Limineという証拠排除の申立手続があり、私はそこではじめて裁判官が実質的に訴訟指揮を行っているところを見ました。
本件では原被告がそれぞれ5~6個の証拠排除のmotionを提出しており、反論書面の応酬がありました。
裁判官としては、書証の内容も把握していない状態で両当事者からヒアリングを行い、各motionの適否を判断していかなければいけない訳です。
代理人の主張も書面のみならず口頭によるものもある中で、裁判官が鋭い質問を行っていたのが印象的でした。
motionの結果も、grant/denyだけでなく、deny at this time(トライアル進行中にさらに証拠排除の異議を申し立てることができる)といった訴訟全体の流れを熟知しているからこその絶妙な判断もあり、裁判官の経験の豊かさを感じました。
お人柄も、陪審員に響いていましたね。
裁判官がリーダーシップを発揮する構造ではないのに、陪審員から裁判官に対しては特別な敬意が示されているように感じました。

鈴木:
日本ではほぼ知られていませんし、公にもあまり知られていませんが、裁判の直前にMotion in Limineという手続きがありました。
法廷に属するMotionなので、実際にあまり知られていないのですが、今回もとても激しいやり取りがありましたね。
実際に関わってどうでしたか。

戸木:
めちゃくちゃ大変でしたが、本当に重要な場面でした。Motion in Limineは、トライアルまでに当事者が主張した事実や開示した証拠等から、トライアルでの使用を排除したい主張・証拠(証拠力が禁じられるべき証拠、関連性がない証拠、予断を与える証拠等)を排除することを申し立てる手続です。
民事訴訟法に根拠がある手続ではなく(裁判所規則や各裁判所のローカルルールには当然のように組み込まれていますが)、裁判官が本来有している訴訟指揮権から導き出されるもので、実務の中で洗練されてきたもののようです。
この手続だけで1つの書籍が出ているくらいなのに、制定法を作らないという姿勢も非常にダイナミックですね。
陪審員を選ぶ直前に申立て・異議・再反論の書面をやり取りするので、急に忙しくなりました。
鈴木さんからは、前々から「Motion in Limineに備えておけ」と言われていたのに、その大変さと重要性を知らないまま準備を怠っており、反省しています。
今思うと、この時が試合のゴングが鳴ったタイミングでしたね。

水谷:
期限がものすごくタイトで訴訟全体を見据えた総合格闘技のような大変さがありましたが、Motion in Limineの手続はとても面白かったです。
トライアルにおける争点や証拠構造、訴訟戦略を踏まえて、カリフォルニア州の証拠法及び判例について皆さんや相代理人と突っ込んだ議論を行う過程で、アメリカでの在外研究で学んだ米国法の知識やリサーチの技法、日本における訴訟の経験が有機的に結びついているような気がして充実感を覚える一方、力不足を強く感じました。
そして、強く印象に残ったのは、Motion in Limineのhearingです。
双方当事者の主張について裁判官が突っ込んだ質問を重ね、代理人がその場で回答し、それに対して反対当事者の代理人がすかさず反論をするという非常に密度の高い口頭議論がされており、その場で形勢がどんどん変わっていく様子がリアルに感じられました。
日本の民事裁判では弁論準備段階における口頭議論が長年議論されていますし、刑事裁判においても数は少ないものの公判前整理手続における証拠排除等の審理が行われ得るので、民事裁判・刑事裁判のいずれについても参考になる手続だと思いました。

荒内:
一言でいうと衝撃的な経験でした。
実施前は、Motion in Limineの機能について、証拠排除のための異議を包括的に事前に行っておき、motionがdenyされたとしてもこちらの問題意識が開示されているので相手方の立証活動のけん制くらいにはなるのだろうな…といった程度の感覚で臨んだのですが、認識が甘かったです。
まずは、スケジュールが非常にタイトであり、相手方の書面を受け取ったらすぐにリサーチをして反論書面を書き上げる、それが双方から5~6個のmotionが提出されているので、とんでもない。
複数の訴訟の準備書面の提出期限が一気に訪れたような気分でした。
予断を生じる又は関連性のない証拠を排除するのですが、その攻撃対象もユニークで、特定の証拠XXを排除せよというものだけでなく、主張内容に関するものや、概括的に特定の証言態度を排除するものなど、多岐に渡っていたのも印象的です。
そのため、反論もまた多岐に渡り、特定の証拠内容の分析を要するものもあれば、ディスカバリー制度との関係を検討するもの、訴状による審判対象の確定機能を分析するものなど、本当に多様でした。
当時はあまりの大変さに、トライアル前で尋問準備も迫っているのになぜこんなに労力を割くのだろう…と制度の重要性も分からず、途方に暮れていました。
しかし、評決を経てそのフィードバックを受け、一つの証拠がいかに陪審員の判断に影響するのかを知り、振り返ってみてMotion in Limineの重要性を噛みしめるに至りました。

鈴木:
今回の審理の過程で、一回だけ、実際の法廷に皆で行きましたが、それはトライアル前の出廷のときでした。
コロナ禍もあり、裁判官は法廷に出てきませんでしたし、結局裁判官は裁判官控室(チャンバー)からビデオでの出廷でした。
我々も、たくさん証拠を法廷に運び込みましたね。
最後まで、担当裁判官と生で会わずに評決まで行ってしまった状況でした。
皆さんはトライアルがはじまるまで、どのように思っていましたか。
私はやはりビデオですべて行うことに対する不安感はいつもの事件より感じていました。

戸木:
法廷に行って雰囲気を見られたのは良かったですね。
ビデオの向こうで裁判官や書記官が話していても、皆がどのような位置関係にいてどのように話しているのかを想像できました。
それだけでも、裁判所の手続に参加している雰囲気を感じられました。
ただ、始まる前は、本当に直接会わずに証人尋問や陪審員への説得ができるものなのかと懐疑的ではありました。

水谷:
法廷での審理を見てみたい気持ちもありつつ、完全なオンライン裁判は初めての経験で、アメリカに来てチャンスがあれば見てみたいと思っていたので、とても楽しみにしていました。
半年前にニュージャージーの裁判所を訪問した際に、Bail hearingが完全オンラインで支障なく行われていたのを見ていたので、トライアルもできるんだろうなとは漠然と思いつつも、対面の場合と同様の心証形成が本当にできるのかなとか、ロジ的な部分は誰がどう手当するのだろうかとか、色々気になることはありました。

荒内:
法廷に連れて行ってもらった時、この空間で尋問がなされるのか…と想像を巡らせていましたが、その日の期日でオンライン実施が決定し、少し残念な気持ちになりました。
特に尋問の場面では、尋問対象者の証言態度はもちろんのこと、相手方代理人が警戒しているか、判断者が興味を持っているか、直接その場にいるからこそ分かる雰囲気を読んで、どこまで突っ込んだ質問をすべきかを判断しなければならないので、オンラインでそんなことができるのかと心配な側面もありました。

鈴木:
今回の事件では和解が成り立たず、陪審裁判に突入することになりました。
事件の帰趨を決める陪審員選びをすべてビデオ会議で行うことになりました。
今回は驚いたことに200人以上の潜在的な陪審員が登場しました。
通常は100人集まれば良いのに、ビデオで自宅からということなのか大人数が集まって嬉しい限りでした。
今回の陪審員の選定について、皆さんはどのように思われましたか。

戸木:
陪審員(候補者含め)の皆さんを見て、日本とアメリカの根本的な差を改めて感じさせられたように思います。
日本では、良い意味でも悪い意味でも均一的で、人によって意見が大きく違うということは多くはありません。
アメリカは日本に比べれば新しい国で、自分たちで国を作っているという自負を皆んなが持っていて、また、カリフォルニアには移民が多いという理由も相まってか、各々が持っている意見が様々でした。
日本では裁判員裁判であっても裁判所が指揮して裁判員の選任をしてくれるので、当事者が関与する場面は非常に限られていると思います。
アメリカでは、陪審員を集めて最初のスクリーニング(日程の関係で参加が難しい人の排除等)までは裁判所がやるとしても、その後の選任は基本的に当事者任せで、陪審員に配る質問票の内容の決定から配布・回収まで、当事者が行います。
その質問票を確認した上で、当事者が裁判員候補者1人1人に口頭でインタビューをしていきます。
今回の事件の当事者が「法人」対「個人」だと聞いただけで「一方に肩入れしてしまうから、私には適切な判断はできない」と正直に発言する方もいましたね。
インタビューで全ての予断を浮き彫りにするのは難しいものの、ここで相手方に肩入れしやすい陪審員をもう何人か選んでしまっていたとしたら結果が変わっていたかと思うと、ぞっとします。
なお、陪審員への質問票の配布と回収は、裁判官の指示により、民間の「SurveyMonkey」というアンケートサービスを使い、利用登録から情報管理まで、代理人が行いました。
質問票への回答には非常にセンシティブな情報が含まれるので、日本であれば、代理人任せにしたり民間のサービスを使ったりすることはあり得ないと思うのですが、陪審員からこのことに関する質問や苦情が出ることもなく、200人以上の方から回答をもらえました。

鈴木:
戸木くんは、陪審員選びであれば、事前に1、2時間で終わるんじゃないのと言っていましたが、一日以上かかりましたね。
そして評決を聞いて、やはりこの陪審員の選定がとても重要であると認識していただけたと思います。
裁判官も、前回のビデオ裁判では1週間以上選定が続いたとこぼしていましたよね。

戸木:
無知は怖いですね。
恥ずかしい限りです。

鈴木:
トライアルは一度ちゃんと通して主体的に関わらないと語れないわけですね。
でも、一度でも、このような体験をしていることは戸木くんの宝になると思います。

水谷:
当事者に与えられる情報が詳細かつ膨大であることが一番の驚きでした。
日本の裁判員裁判の選任手続における裁判員候補者への質問は、基本的には事件との利害関係や辞退事由に関する質問がされるくらいで、個人のプライバシーにも非常に配慮がされています。
また、個別に口頭で質問が行われることも多くありません。
それが、今回の裁判では、事前の質問だけでも100問以上、かつ、その内容も氏名や住所、電話番号、家族関係、結婚歴、学歴、職歴等の詳細な個人情報から、政治信条、事件に関連するような過去の経験の有無、事件に関連する法制度に対する意見等、多岐にわたりました。
さらに、これらの事前質問を踏まえて、当日には両代理人から裁判員候補者一人一人に詳細な質問をしていました。
これは現在の日本の実務ではなかなか考えられないことでした。
戸木さんが、「相手方に肩入れしやすい陪審員をもう何人か選んでしまっていたとしたら結果が変わっていたかと思うと、ぞっとします」とおっしゃるところにアメリカの陪審員の選定の考え方が現れているように思っていて、少なくとも今回の裁判では、上記の豊富な個人情報を基に、双方がそれぞれに有利な陪審員を「選んでパネルに入れていく」というようなイメージでした。
Peremptory challenge(理由なし忌避)が行使できる回数も、Alternative jurorの分も併せて被告側が複数いたので8回と多かったですよね。

荒内:
事前質問の段階から個人的な経験や考え方に踏み込んだ詳細な質問を用意し、口頭での質問では個別にさらに踏み込んだ質問がなされます。
この選任のためのスクリーニングの質問は、voir direと呼ばれ、fair and impartial juryを選ぶことを目的としています。
事前質問の段階では、私は、「過去に解雇された会社に損害賠償請求を行った経験がある」や「過去に公益通報を行った経験がある」という質問に「YES」という回答があれば、使用者側には不利な陪審員であろうと単純に考えていました。
しかし、事務所内でも議論をすると、自身の経験と比較して本件の請求の正当性を評価できるのではという意見もあり、法律論とは少し離れた部分で事務所の人たちと議論ができたのも興味深かったです。
また、陪審員のリアクションも印象的でした。
「過去の経験と切り離して、本件をimpartiallyに判断できるか。」という口頭の質問に対して、少し黙り込み自問自答していた陪審員候補者の姿からは、陪審員の務めを全うしようという真摯さを感じました。一方で、「一方に肩入れしてしまう」と正直に自己申告をした候補者の姿を見た別の候補者が、そのような理由を自己申告すれば陪審員の義務を免除されるのではと勘付き、義務から免れようとしていた姿も見られました。
真摯に取り組もうとする人もいれば不誠実な人もおり、200人超の候補者は社会の縮図だと感じました。
弁護士は、そのような陪審員のプールからfair and impartialな陪審員を見つけ出し、戦略的にpanelに入れていくことが必要とされ、小手先の技術では対応できないものだと実感しました。

鈴木:
皆さんも経験したわけですが、陪審員に聞く質問については、双方の弁護士が今回の事件に関して予断がないかいろいろな質問を考えて合意に至りました。
裁判官も色々意見を言っていましたね。
かなりの情報量が陪審員から提供されました。
私が、陪審員に質問をしていきましたが、皆さんしっかりした意見をもっていて、プラスにもマイナスにもなるかとかなり考えて選びました。
それなりに、スムーズに行ったほうだとは思いました。

今回、私自身、証人尋問、特に反対尋問をビデオでやることに抵抗を感じていました。
結局うまく行きましたが、皆さんが工夫した点はどういうところでしょうか。

水谷:
オンラインでの証人尋問のみならずインパーソンでの尋問にも共通するものですが、とにかく簡潔に陪審員に分かりやすい尋問を行うことです。
オンラインだと、同じ空間で他の人の視線を感じる場合とは異なって集中力が切れやすい人もいるかと思うので、なるべく飽きずにこちらの強調したい点を聞いてもらえるような尋問を作り上げることに腐心しました。
また、特に気にしていたのは複雑な事実関係を分かりやすく示すことです。
例えば今回の事案は長期間にわたる事実関係の把握が必要であるため、時系列を示しながら証人尋問を行うことが有効だと思い、実際にやってみたかったのですが、技術的な問題もあって実現させることはできませんでした。
この点はやや心残りです。

戸木:
証人尋問中に証拠等を証人に示すことがあります。
法廷であれば、大きな画面に証拠を映しても、証人や陪審員の顔が見られなくなることはありませんが、Zoomだと、画面共有のために画面が乗っ取られてしまい、証人や陪審員の表情が見にくくなってしまいます。
外部モニターを使ってうまくZoomのウィンドウを分割させ、証人と陪審員の顔を常に見られるように工夫していました。
また、証拠だけではなく、Demonstrative Evidence(事実認定の基礎にはできない展示証拠)も、証人に対して示すことができます。
これはZoomであることを活かし、相手方が示してきたら、即座にスクリーンショットを保存し、後から分析できるようにしておきました。

荒内:
陪審員のリアクションを見ていると、ストーリー性のある事実関係の部分は興味をもって聞いている様子でしたが、他方で専門的な内容が含まれる電子メール群に関する尋問については集中力が切れているようでした。
Zoomの場合にはインパーソンの場合と比べてより一層集中力が持続しないでしょうから、水谷さんの指摘のとおり時系列をより活用できると良かったかもしれません。
難解な内容を含む部分については特に。
代理人にとっては、複雑な証拠も尋問の時点ではなじみ深いものになっていますが、陪審員にとっては初見であることを忘れず構成を工夫する必要がありますね。
また、戸木さん力作のオープニングステートメントのパワーポイントでは時系列と証拠の連関がよく視覚化されていました。
陪審員がパワーポイントに引き込まれていく様子を見て、私は心の中でガッツポーズをしていました。

鈴木:
三人が上述しているように、今回戸木くんが得意なパワーポイントを用意してくれたことが、かなり陪審員の心証に影響したと思います。
一般の、それも事件をまったく知らない陪審員に対してビジュアルで訴える力というのはかなり強いと感じました。
裏からいうと、水谷くんも言っているように、もう少し尋問中でも、ビジュアルエイドを利用したほうがよかったのかな、と思いますし、実際にポーリングでそのことを指摘する陪審員もいましたね。
とにかく、戸木くんのパワポ作成、操作能力は、若い人が皆できるものではなく、大したものでした。

戸木:
お褒めの言葉、ありがとうございます!
陪審員は、それぞれ自前の端末で、人によってはタブレットの小さなスクリーンで見ているかもしれず、極力文字が見やすいように、また、表示画面を大きくするように工夫しました。
Zoomの共有設定で共有するビデオやパワポの動きをスムーズにする機能もあるので、持っている知識を最大限に発揮でき、良かったです。

鈴木:
陪審員というのは従来であれば、実際に法廷で会って挨拶をしたうえで裁判を進めるのですが、今回はビデオで行いました。
尋問等、裁判中に陪審員に関して皆さんが感じたことはありますか。

水谷:
普段日本で裁判員裁判をやっている時は、裁判員の方々と審理が始まる前や休憩中等にも密にコミュニケーションをとって、審理の感想を聞いたりするので、分かりやすい審理になっているのかとか、場合によってはどういう暫定的心証を抱いているのかとかもお伺いすることがあり、様子が分かるのですが、今回のオンラインでのトライアルでかつ当事者の立場からどのくらい分かるのかなと心配に思っていました。しかし、Zoomで行ったことで、陪審員それぞれの表情等が逆によく分かる場合もあったので、Zoomも悪くないかなとは思いました。
他方で、陪審員全体の空気感が分かりにくい、もしくはそもそも陪審員全体の空気感というのが形成されているのだろうかということは疑問に思いました。
例えば日本の裁判員裁判においては、休憩時間中に裁判員の方同士で事件について率直な感想を意見交換し合ったりする場面をしばしば見ます。
アメリカの陪審員裁判でもインパーソンでやっていればそうなるかもしれないと思うのです。
しかし、今回は、例えば審理中に陪審員同士でブレイクアウトルームを作って互いに意見交換するというのはおそらくなかったと思います。
そうすると、個々の陪審員が、審理を見て、画面を切って、また審理に戻るという感じで、評議までの間、陪審員は個人プレーになってしまい、陪審員同士で暫定的心証をぶつけ合って、その議論を基に尋問を聞いたり、補充尋問を行うというようなことは行われていなかったと考えられます。
「心証をとる」というのがどういうことなのかはそれ自体難しい議論ですが、証拠調べをしながら合議体の中で暫定的心証をぶつけあって議論をし、合議体全体として深めていくのはより良い心証形成のために重要な作業だと思います。
ですのでこの点については今後運用を改善する余地があるのかなと思いました。

戸木:
水谷さんの言う通りで、全体の空気感が読めませんでした。
法廷であれば、当事者、代理人、証人が発言したことに対し、陪審員が全体として頷いたり、首を傾げたり、固まっていたりということがあり得ると思いますが、Zoomだと、皆が別々の場所にいるので、全体としての反応というものはありませんでした。
皆さん家にいるので、尋問中に食事や間食を始める方もいて、緊張感がないなと感じたことはありましたが、一方で、内職をしていたりどこかに行ってしまったりという様子は窺えませんでした。
皆さん、想像していたよりも、しっかりと尋問を聞いてくださっていたようです。
法廷で最も見てみたかったのは、相手方本人と代理人との掛け合いです。
法廷では、審理の前後や休憩時間等に、相手方が焦っていたり慌てていたりという様子が垣間見えるのですが、相手方の審理外の様子が全く見えず、非常に不気味な空気を感じ続けていました。

荒内:
お二人が仰るように直接的な雰囲気が分からないので、審理の過程で陪審員がどのような心証形成をしているのか予想ができませんでした。
心証形成もそうですし、そもそも専門的な議論に関しては、どこまで着いてきてもらっているのかという点も気がかりでした。
最終的には評議後のフィードバックで、想定より深い議論がなされていたことが判明し、ホッとしたのですが、審理中にある程度把握できないと方針が決められないので、その点は厄介ですね。
もちろん、Zoomでは個別の陪審員をpinで留めて個々のリアクションに注目することは可能ですが、やはりインパーソンでその場にいる場合と比べると圧倒的に情報量は少ないように思いました。

鈴木:
私も反対尋問をしましたが、そのときに視界になかなか陪審員が入ってこないことは、マイナスだと感じました。
「空気が読めない」というのはこういうことなのかと。
しかし、皆さんのおかげで、証拠の共有などスムーズにいったプラスな点もありました。
私も最後に陪審員のポーリング(陪審員に意見を聞いたり、誰がどう投票したかを聞く機会)をしたときに、Zoomであってもかなり情報を聞いてくれているな、と思った一方で、聞き逃している情報もあったのではないかと、思いました。
そういえば、トライアル中、陪審員が見ていないところで、裁判官室(チャンバー)で話したこともたくさんあります。
法廷の書記官がうまく捌いてくれてブレークアウトルームに何度も行きました。
皆さんにとって思い出になったことはありますか。

水谷:
裁判そのものと関係ありませんが、チャンバーでの裁判官と代理人の雑談が面白かったです。
トライアルの時期とサッカーワールドカップの時期が被っていて、グループリーグの日本対ドイツの直後に、裁判官が「三苫選手いいね。」とおっしゃっていたのが印象深いですね笑 チャンバーってこんな話もするのだと思いました。

戸木:
裁判官も弁護士も、チャンバーでのラフな顔と陪審員の前でのフォーマルな顔を使い分けていて、面白かったですね。
鈴木さんだけはどこでも変わりませんでしたが笑

荒内:
トライアル中も、トライアルの実施の外側で、和解の申入れや様々な攻防が同時進行しており、チャンバーでは陪審員に見えていない裏番組が存在していました。
裏番組では、緊迫した議論もあり、上述の雑談もあり、その多重構造を見てトライアルに関与する法曹は単純にかっこいいなと思いました。
鈴木さんは「鈴木さん」を貫かれていて、その胆力もかっこよかったですね。

鈴木:
最終的に、陪審員の評決がくだったあとに、陪審員にどのように票を入れたのか聞きました(ポーリング)。
そのときに陪審員と直に話す機会がありました。
そのときに感じたことがあれば、教えて下さい。

水谷:
私にとってはかなり印象に残っている場面の一つです。
日本の裁判員裁判では、裁判官と裁判員は同じ合議体にいることもあってよくコミュニケーションをとりますが、当事者と裁判員が直に話す機会は基本的にはありません。
他方、この場面では、裁判官が、「じゃあ私は抜けるので、代理人と陪審員で話すことがあれば話してください。」と言ってZoomのトークルームから退出し、その後はもう帰って来ませんでした。
また、代理人はここで陪審員に自身のメールアドレスや電話番号を伝えて、「後で何か質問や意見があればここに送ってください。」と言っていました。
代理人と陪審員がかなり自由に連絡を取り合っている様子を見て驚きました。
また、陪審員が、自身の投票結果やその理由、また他の人が評議で話した内容を、この場面でかなりざっくばらんに話している点も驚きました。
日本では、裁判員が多数決をとったかどうかも評議の秘密に当たると説明させていただいているので、アメリカではどういう整理になっているのだろうかと思いました。
時間があればまたこの点の制度や考え方の違いについても調べてみたいです。

戸木:
本当に印象的でしたね。
陪審員は予想していたよりも遥かに深く証拠を読み込んでくれており(評議が始まる直前の週末に、紙媒体を希望した人にはハードコピーを綴ったバインダーをバイク便で届け、電磁的方法で良い人には証拠ファイルをアップロードしたDropboxのURLを共有しました)、分析を聞いたときには感心しました。
今回のトライアルでは、長い年月にわたる時日経過が重要になったため証拠関係が複雑になり、さらに技術に関する専門的な用語等が登場したので、陪審員にとっては非常に理解が難しい内容だったと思うのですが、説明が十分であった点、分かりにくかった点等に関するフィードバックもくれて、非常に参考になりました。

荒内:
結論が出たという点でも忘れがたい瞬間でしたし、フィードバックでは、こちらの訴訟活動がきちんと陪審員に伝わり、彼らが真剣に議論を交わして結論に至ったことが分かり、感動を覚えました。
フィードバックの内容から、陪審員が時間をかけて真摯に議論を重ねてきた姿が想像でき、陪審裁判が制度として確立していることが肌で感じ取れたことが、本当に貴重な経験となりました。
同時に印象的だったのは、フィードバックにおいて、評決内容について反対票を投じた陪審員も、堂々と自身の結論とその理由を論じていた点です。
アメリカらしいというのも月並みな表現になってしまいますが、そのような自身の意見を表明できる文化的な素地と陪審制度がうまくマッチしているように思いました。

鈴木:
今回3人とも、陪審裁判の最初から最後までサポートしてきたわけですが、ビデオ会議システムで行う陪審裁判について、やる前とやったあとについて、ぜひ意見を聞かせてください。

水谷:
やる前に一番気にしていたことは、判断者がきちんと心証をとれるのかということですが、先ほど申し上げた審理中の陪審員同士の議論の活性化という点を除けば、個々人が心証をとるのにはあまり支障がないということを感じました。
もっとも、先ほど指摘したように、やはり陪審員同士のコミュニケーションをどのようにとるかという点はさらに検討を深める必要があると思います。
トライアルを経て気づいた点としては、用いる機器やデジタル技術の習熟度によって訴訟活動に大きな差がつくかもしれないことです。
ネットの速さによって受け答えの速さも変わり得たり、画面の大きさや数によっても得られる情報が変わります。
また、書証の示し方(書証へのマークの仕方や、アニメーションの使い方、書証を出す速さなど)も技術の習熟度によって差がつくので、陪審員の方々への印象が違ってきます。
工夫できる点は技術の助けを借りてより良いものを追求しつつ、しかし技術に頼りすぎないでその場その場で最善の方法を実践するのが重要だと実体験に基づいて感じることができました。

戸木:
既に触れたとおり、本当にビデオで証人尋問ができるのか心配でしたが、予想していたよりもスムーズに進み、陪審員の皆さんもよく集中してくれたなと思います。
ただ、これが日本でも通じるかとは別の話のようにも感じました。
それぞれの陪審員が様々な意見を持っていたことは触れたとおりですが、様々な意見を持っているということは、色々なことを自分なりによく考えているし、活発な議論にも慣れているのだろうと思います。
普段から意見を持って議論をできる土俵があるからこそ、オンラインの場でも、きちんと評議が成立するのかもしれません。
オンラインのZoomだと、複数人による同時発言が難しく、発言に割って入ったりするのを遠慮してしまいがちなので、私が仮に日本で裁判員に選ばれたとして、Zoomで評議に参加したとしても、どこまで積極的に議論に参加できるか、不安が残るくらいです。
アメリカでは、陪審員裁判を支える土俵がしっかりと作られているからこそ、オンラインでの陪審員裁判が成立し得るのだと思います。

荒内:
私も、心証が取りづらそう、尋問のスムーズな実施を阻害しそう(証拠提示の技術的な面を含む)、空気感が分からないので反対尋問の止めどころが分かりづらい、といった観点から懐疑的でした。
実施後の感想としては、もちろんインパーソンの証拠調べとは異なって情報量が制限されることは確かですが、効果的なプレゼンテーションや書証提示の工夫の余地も広がり、別の方面では利点もあると思いました。
尋問とはかくあるべきという固定観念があったのかもしれません。
コロナ禍でリモートコミュニケーションを行うことが当たり前になっている今の世の中では、Zoomという手段も違和感なく陪審員に受け入れられたのではないかとも感じています。

鈴木:
私もはじめてのビデオ会議システムを使った陪審訴訟ということで当初はいつもとはちがった緊張感をもって参加しましたが、走り抜けると、「悪くないな」と思いました。
また、ポーリングのときに、小さな子どもを抱えた陪審員や、高齢の陪審員などが、家から参加でき、育児と兼ねあいつつ参加できること、わざわざ裁判所まで毎日行って駐車するなどの煩わしさがないこと、などを感想として話しているのを聞いて、ビデオでやるのもいろいろな意見を集められる可能性があるので、悪くないな、と思えました。
また、今回の訴訟で我々は医療機器メーカーを代理していたのですが、忙しい女性の医師が二名陪審員で入っていてくれたおかげで、陪審員の評議のときに、かなり専門的な知見も与えてくれ、全員が正しい理解ができたと感想で述べられていました。
私も実は陪審員選びのときに積極的に医師の人を残そうと頑張っていたので、とてもよかったと思いますが、ビデオでの参加ということで、比較的医師でも柔軟に対応できたのかもしれません。
また、フォアマン(座長)に選ばれた(フォアマンは陪審員だけで、話して決めるので、周りはある程度評議が進行するまでわかりません)女性は育児をしながら参加してくれましたが、最近、巨額の詐欺行為で解体した医療機器メーカー、テラノス(Theranos Inc.)に勤めていたそうです。
彼女は、陪審員に選ばれたときに、わざわざ裁判官と弁護士に話がある、と言い個別に話を聞くと、医療機器に関する紛争であれば、心証に影響すると申し出ていました。
原告にとっては、良い話なので何も言っていませんでした。
私は彼女に質問をする過程で、この人なら中立に事件を見てくれる印象を抱いたので、ぜひおねがいします、ということになりました。
この女性がフォアマンとなり、私の代理した医療機器メーカーを勝訴させてくれることになりました。わからないものですね。
三人ともよくがんばってくれました。そして、熱の入った感想ありがとうございます。
これだけ長期間闘ってきたので、まだ熱気が引かないところもありますが、今回はこの辺までにしようと思います。
有能な三人の助けもあり、億単位になる原告の請求を棄却させることができました。
この場を借りて三人に御礼します。
また、水谷くんの名前を出すことを快く承諾してくださった日本の最高裁判所の方々にも御礼いたします。

今回は、長文の法律ノートになりましたが、年末特番ということでご容赦ください。
法律ノートの読者の方々にとって素晴らしい、そして健康な2023年をお迎えください。
来年も法律ノートをどうかよろしくお願いいたします。

____
戸木:Ryosuke Togi:
弁護士(カリフォルニア州、ニューヨーク州、日本・第一東京弁護士会)。
MSLGには2021年8月よりインターンとして入り、そのまま弁護士として参画。

水谷:Sho Mizutani:
裁判官(大阪地方裁判所判事補)。
2021年より在外研究中で、2022年10月よりMSLGインターン開始。

荒内:Tomomi Arauchi:
弁護士(ニューヨーク州(未登録)、日本・第一東京弁護士会)。
日本では各種訴訟と一般企業法務を中心に活動。
2022年8月よりMSLGインターン開始。
サンフランシスコの街歩きが趣味。

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作成者: jinkencom

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