法律ノート 第1235回 弁護士 鈴木淳司
アメリカでの政治と司法_1235
October 25, 2020
大統領選が加熱してきました。前回の法律ノートで大統領がコロナウイルスに罹患したということをまえがきに書きました。
現時点で、大統領は自分の選挙戦のために、各州で集会を開いていますが、その集会をやっている州では確実にコロナウイルスが増加しています。そして、この原稿を書いている時点で、アメリカではコロナ罹患者が一日8万人を超えたそうです。
死者は減少傾向にありますが、桁違いに広がっている感じがします。先週の討論会でも、経済の再開が重要だ、ということを主張していましたが、経済というのは人が動かすわけで、経済か人の健康か、といえば両方バランスをとっていかなければならないように感じています。私の所属する事務所のあるサンフランシスコ市は、来週から徐々にオフィス業務を再開させるそうですが、私はまだかなり不安に感じています。
今回は皆さんからいただいている質問にお答えするのを一回休ませていただき、私が最近感じたことについて書かせてください。
さて、大統領選も重要ですが、ルース・ベーダー・ギンズバーグ最高裁判事の逝去をきっかけに、欠員補充でアメリカ議会は紛糾しています。現大統領は、バリバリの保守派候補を今のうちに送り込みたいので、強硬に採決をおこなっています。この状況だと来週には任命されるのではないでしょうか。
アメリカの最高裁判所の判事は終身制で、定員は9名。日本の15名よりも全然少ないわけです。できるだけ若い判事を送り込めば、長い間その人がアメリカで最重要の最高裁判所の判例形成に寄与していくわけです。ギンズバーグ裁判官は、アメリカにおいてリベラル的な態度を貫き、女性やマイノリティの権利を向上してきました。その真逆の思想を持っているであろう裁判官が今任命されようとしています。私も指名された裁判官が出した裁判例は注意して読んだことはありませんので、なんとも言えません。現大統領はすでに二名の指名を行っていますので、今回3人目の指名が議会によって承認されれば、ほぼ保守派で最高裁判所が固まることは間違いがありません。
今回の強硬な最高裁判所の指名、そして議会での紛糾を見ていると、本当に現在のアメリカは政治により分断され、最高裁判所の人選までその政治に利用されてしまっているように感じで、本当に残念です。日本の最高裁判所に比べて、アメリカの最高裁判所というのは、違憲立法の審査など、かなり政治に対して牽制する役割を積極的に負ってきました。私も、アメリカの法律を勉強しているときに、特に黒人の人権を認めるための一連の最高裁判所の判例を見て、心が熱くなり泣いてしまったこともあります。法律の本を読んでないたのは、アメリカ憲法判例以外はありません。通常は眠くなるのです。そして、素晴らしい意見を書く判事を何人も輩出してきました。大統領が指名するわけですが、さすがに吟味された人達が裁判官になるのだな、と今までは思っていました。しかし、今回、ギンズバーグ判事が逝去されてから一週間ほどで、バリバリの保守派の人が指名され、選挙前に送り込んで承認してしまおうという強引なやり方が、通ってしまいそうです。そもそも大統領はギンズバーグ判事の葬儀に出席したのでしょうか。この一連の過程を見ていると、このアメリカで司法に関わっている身としては暗澹たる気持ちになります。司法というのは、具体的におこった争点を解決する役割を負います。いろいろな形での紛争は絶えません。ですから、あいつは、右だ、左だ、とか、保守派だ、革新派だ、という政治的な思想は二の次になるはずです。バランスがよく、そのときの情勢や社会を見極め、そして多くの人が読んでも、「良い文章だな」と感じる判決をかけるという能力が最優先に考えられるべきだと思います。
今のアメリカの状況は、現大統領の発言を聞くたびに対立政党を攻撃し、分断を招いているのは間違いありません。選挙戦に向けたアメリカは今回特に異常に割れているように肌で感じます。政党のなかにも、いろいろなプラグマティックな思想が存在しているわけで、紅白歌合戦のようにどちらの組が勝つかというよりは、よりよい生活を提供できる社会というのは何かを、政党や思想に関わらず考えていかなければならないはずです。政党の対立で人々は思考停止状態になっていて、どちらかというと相手を攻撃してやり込めることがゴールのような薄っぺらな状況にアメリカは陥ってしまっているように思います。今回の最高裁判所判事の指名や強引な承認についても、政治によって司法が影響されてしまっているように感じます。もちろん、三権分立の大原則があり、現大統領のやっていることは間違ってはいないのでしょう。しかし、一方で法曹として、なんだか胸がモヤモヤしています。さて、大統領選は一体どうなるのでしょうか。
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