法律ノート 第952回 弁護士 鈴木淳司
Aug 16, 2015
前回調停というのは紛争解決においてどのような性格を持っているのか一般的に考えました。調停というのは、事実審で争うことを避けて、合意によって紛争を解決するうえでは有効であるということはわかっていただけたと思います。
カリフォルニア州弁護士コラム「調停で思うこと」(2)_952
調停人は、私が出席した数多くの調停において、必ず言うのは「事実審で陪審員が判断すると、勝つか負けるかわからないから、調停で和解するのはとてもよいことだ」という台詞です。これは確かにおっしゃるとおりです。裁判になってしまうと、第三者が事件を見て、第三者が判断をするわけですから、実際に判断を「委ねる」ことになりますね。自分で解決策に納得して、事件を終了させることができなくなるわけです。
そういう意味では私もまとめられるのであれば調停でまとめた方が、結果にハラハラしないので、良いと思っています。これは正論ですし、きわどい事件では有効な説得材料であるわけです。もう私も20年法廷弁護士をやっているわけで、いくつも調停にでているわけですが、調停では調停人の口から「お約束」のように出てくる説得材料であって、紛争当事者は真摯に耳を傾ける必要があると思います。平和的な解決をしてしまえば、不安定な要素がなくなるわけです。
通常、調停人は和解した方がお金がかからないと説得するが…
調停において問題となる調停人の発言は「お金」に関する話です。すなわち、調停人は必ずと言って良いほど、実際に事実審(トライアル)に行って陪審員や裁判官の判断を仰ぐことになると、弁護士や裁判を維持する費用がかなり天文学的になるので、和解してしまった方がよいであろう、と言ってきます。
交通事故の原告側弁護士のように成功報酬で事件をやっていれば、弁護士の費用がうんぬんということについては結果がすべてなのである程度関係がないかもしれませんが、時間給で弁護士費用を支払っている被告側の弁護士の費用は陪審裁判までいってしまうと、かなり高額になってきます。
さらに負ければ、その分の損害も支払わなければなりません。この危険性を調停人は説得材料として使うことがかなり多いのですが、事件によっては、この説得方法は逆に交渉を悪化させる可能性があります。
金より名誉を大事にすることが多いセクハラ事件
ビジネスの事件で、純粋にお金だけを争う事件では「皮算用」が働くわけですから、自分側の弁護士にいくらお金を使うのか、相手方にいくら払うのか、など出費の合計で和解しても良いのか決めても悪くないわけです。
企業を代理する場合、担当者も会社のプラスマイナスの総額から事件の解決策を模索して、ドライに金額を割り切ることができます。ところが、最近立て続けに私が担当したセクハラの企業側の弁護が、ドライに割り切ることができない内容も少なくありません。
セクハラで訴えられた企業としては、セクハラをしたと言われている本人の名誉も考えなくてはなりません。特に、セクハラかどうか疑問が残るような事件では、「金ではなく名誉だ」と考えることが珍しくありません。そうすると、「今後弁護士費用が嵩むから、和解した方が良いのでは」と説得されても、逆にバックファイアします。「ふざけるな、金がいくらかかっても、やっていないものはやっていない。白黒つけてやる」と考える当事者もいますし、「従業員がセクハラしたからといって、経営者として最善を尽くして、なんで相手に金を払わなくてはいけないのか」という社長さんもいます。
おっしゃる通りで、調停人が裁判にお金がかかるから、いくらか相手に支払って終わりにしてしまえ、と言っても確実に事態が悪化します。
調停人の経験やセンスが問われる
そういった、雰囲気を感じ取るのは調停人のセンスでしょうし、説得材料を適切に選ぶのも調停人の経験なのかもしれません。ただ、ほとんどの事件で調停人は、「弁護士の費用が嵩むので、和解したほうが良いのでは」という論調の話をします。
事件によっては、私も裁判まで行ってやる、と思うこともあるわけで、私としても、あまり好まない説得材料だと思うのです。紛争当事者によっては脅迫されたと思う人もいるのも理解できなくもないわけです。
自分でつけた弁護士の費用が嵩むから、和解をした方が良い、という考え方はなんだか私が当事者だったら納得がいかないような気がします。結局司法のシステムで事件を解決すると費用倒れするので、和解した方が良い、というのは、司法システムの自殺の側面があるのではないかと思っています。
それなら、紛争になる前に、弁護士の費用がこれだけかかる、裁判をするとこれだけかかる、ということをある程度裁判所が表示しておけば、当事者は、「じゃあ、裁判なんてやるのやめよう」と思うかもしれません。
このところ立て続けにおこなった調停ではなんとか事件は解決しましたが、セクハラ事件など、感情も交じる事件においては、かなり考えさせられるポイントでした。
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