法律ノート 第1053回 弁護士 鈴木淳司
April 11, 2017
20年の時は流れてー弁護士が見つめていることー
今回は、前回考え始めた遺言執行人のトピックをいったん休ませていただき、私が感じたことを書かせていただければと思います。
この1週間は出張が立て続いて疲れていたのですが、気になる連絡が事務所にありました。ある日本人女性が遺言(それからトラスト)の内容を再考したいということでした。連絡FAXは、その女性の旦那さんから送られてきました。女性の名前を見て考えてみると、この女性の最初の依頼は1997年でしたので、20年前ということになります。出張から戻ってすぐに彼女に会いに行くことにしました。彼女の体調の関係で、私の事務所には容易に来られない様子でした。
この日本人女性は、身一つでアメリカに渡り日本人としては当時アメリカで成功された第一人者で、苦労を幸せに替えることに優れた女性でありました。名の通った方ですし、毅然としているのですが、一方で、とても心が暖かく、スポーツにも長けているスーパーウーマンでした。色々な大会で優勝をされている彼女は、当時から私にゴルフを強く勧めてくださっていたことを覚えています。人間というのは、どんなに着飾っても、話をしていれば内面が出てくるものです。女性は、服などに気を遣いますが、彼女は内面からの美しさが感じられて印象に残っています。
旦那さんの連絡では、彼女は、数度転んだりして骨折をして、なかなか出歩けない状況だと言います。ここでは書けないこともあるのですが、旦那さんが、彼女は遺言を書き換えたいと言っているといっても、ちょっと疑問に思うこともありました。私は、良くない予感を頭の中から腹の底に移動して、彼女にとにかく会いに行きました。
私が彼女と最初に目を合わせたときに、彼女は私のことがわからなかったように思います。事情があって旦那さんには席を外してもらい、彼女と二人になりました。彼女は、私が持参した花束を気に入ってくれて、話をしているテーブルに飾ってほしいと言い、私は指示に従いました。彼女は、一人では歩行器がなくして歩けません。二人きりになって、私は彼女がなぜ、遺言等を書き直したいのか聞きました。彼女からはっきりした答えは得られませんでした。彼女の記憶もあまりはっきりしていないことは明らかでした。英語で暮らしている彼女は、私の話す日本語にも鈍感になっているように思えました。色々な事情やしがらみがあるのですが、私は本人の意思が確認できない以上、財産の分配を大きく左右する書類の作成はその日見送ることにしました。医師の診断が必要かもしれません。20年前の彼女と今の彼女を見ながら、また根気強く彼女に会って話を聞かなくてはならないと思いを馳せていました。
今のサンフランシスコを見ると、数年毎にビジネスのサイクルが廻っていて、私はついていけないところがあります。就労のサイクルが2,3年でクルクル変わっていき、新しいものが「ベター」であるという風潮が当たり前になっています。しかし、一方で、20年間の時の流れを背負いながらやっていく職業もあるのです。
この女性は、もとバレリーナで、どんなに歳をとっても、背筋が伸びていました。今でもまったくかわかりません。そして、彼女に、色々過去の書類を見せていると彼女の記憶が色々蘇ってきて、楽しい話もできました。私は彼女からいただいていた日本語の手書きの手紙なども持っていったのですが、彼女はそれらをしげしげと眺めていました。
1999年に彼女が達筆で私に書いた手紙がありました。私が独立して事務所を構えたときに、お祝いをしてくれただけでなく、将来素晴らしい事務所にしてください、というエールが添えられていました。彼女にも20年弱経ってからその直筆の手紙を見てもらいました。彼女は、嬉しそうにその手紙を眺めていました。私は彼女が手紙に書いた通り、素晴らしい事務所にしたかどうかは疑問なのですが、少なくとも彼女のように、20年間も支えてくれる人があるから今の自分がいるのだな、と心底思いました。20年間って、なんだかはやいものですね。